防犯カメラで、ちょっと安心

おふくろの住んでいる実家は、私が言うのもなんですが、それなりに広い家なんです。今は、そこで独りで住んでいるわけです。社交的な人でもあったので、近所付き合いも続いているだろうし、孤立するという状態は今のところ心配していません。

でも、庭に(ペットのものでしょうか)ウンチされていたり、空き缶や空き袋みたいなゴミが始終投げ込まれて?いたりと、なかなかストレスが溜まる状況にはあったんです。少し前には、近所の駐車場で車の盗難騒ぎがありました。古いスカGか何かだったと、後で別の人に教えてもらったんですが、こうした犯罪が発生するようになってきたんだと思うと、私も少しずつ気になってきていました。

おふくろのことは心配だから、手紙だけもらっていても安心はできません。ずっとそばにいるわけじゃないので。それで、思い切って防犯カメラでも付けてみようってことになったんです。私の意見ですが。
ついでに、夜に人とかが近づくと点灯するライトも付けようってなりました。
庭があることがネックになっている気がしたので、玄関から庭全体を見渡せる位置にカメラを付けました。といっても、私が設置したわけじゃなくて、業者に設置してもらったんですけどね。今は、そういう世知辛いご時世なのか、専門の業者もあります。→ 防犯カメラの設置相談

もちろん、カメラを付けたから安心ということにはなりません。後で何か悪いことをしたやつの映像が映っていても、おふくろが被害を受けた後では意味がないかもしれないですし。
それでも記録を残せることに意味はあると思いますし、なにより抑止力が働けばいいなという期待ですね。カメラに気付く犯人なら、そもそも悪いことを見える形ではやらないんでしょうけど。
少なくとも、録画した映像に怪しいやつが映っていたら、警察には届けておこうと思って、チェックするのは私の役目になっています。

時々しかチェックできないんですけど、何も映ってないのが一番なので、何も発見できないことを楽しみにチェックしています。

ぜひ長生きしてもらいたい

おふくろの手紙に登場する話題で、最近増えてきたものの一つが、知人や友人が亡くなったっていうニュースです。若い人の話だったら、そりゃショックです。なんでそんな早くに亡くならないといけなかったんだって、へこみます。

じゃあ、歳をとってきたらいつ亡くなってもいいのかっていうと、もちろんそんな訳はないし、だいたいおふくろはそこまでの歳でもありません。でも、知人や友人で亡くなる人が出てくるんですね。冬場に亡くなる人って多いと昔からよく聞くんですけど、夏場に亡くなる人だって多いように思います。

たぶん、おふくろも、いつかの自分のこととしてイメージがダブったりすることもあるでしょから、複雑な気持ちでしょうね。気持ちの揺らぎが手紙の文章にも現れています。

私だって、自分が先に逝こうとは思いませんし、それは親不孝なだけだとも思ってるんですが、いつかのおふくろのその日のことを想像しちゃうと複雑な気持ちになります。例えば、遺書ってあったっけとか、そもそもおふくろってお金持ってんのかなとか、葬儀を出すの俺だよなとか、考えだしたらキリなくなりますね。葬式くらいは簡単に出せるのかなって調べてみたら、専門の葬儀屋さんがあるんですね。→ 葬儀・葬式の準備が必要なら

葬式はいいとして、おふくろが亡くなったら、誰と誰に連絡しないといけないんだろとか、親戚に来てもらう時って、旅費とかはどうすんのかなとか、いやいや本当にキリがなくなってきました。しかも、これってあんまり楽しいシミュレーションじゃないので、気分がどんどんと盛り下がっていきますね。とにかく、おふくろには少しでも元気で長生きしてほしいです。いつまでも手紙がもらえるようにね(^o^)

着なくなった着物

おふくろの断捨離、身の回りの片付けとして、もう一つ思い出したことがあります。
昔の人っていうと怒られそうですが、おふくろの世代の人だと結構着物って持ってたりするんですね。嫁入りの時に持たせてくれたって人もいるでしょうし、今と違って正装っていうと、着物さえ持っていれば万一の時にも何とかなるみたいなところがありますよね。

そうそう、よく言っていたのは、お呼ばれした時にでも、ドレスなんか買いに行かなくても、着物があれば大丈夫だみたいなことです。礼服を着ないといけないケースじゃなければ、ちょっとしたお出かけでも、着物ならバッチリな気がします。

そんなおふくろなので、実家にあった和箪笥にも着物が何着もしまってありました。でも、年を取るごとにどんどん着物を着る機会が少なくなっていって、着ない着物だけが場所を取って仕舞ってあるって感じでした。そうした着物を処分したいって手紙に書いてあったんです。どうした心境の変化かなって心配にもなったんですが、真っ先に連絡したのは妹でして、「お前がもらえばいいじゃん?」って言ったんですけど、自分はほとんど着物を着ないし、そもそも好きじゃないってことだったんです。

しかたないので、捨てるくらいなら安くても売れるんじゃないかってネットで調べたりして、いくつか見つけたサイトやサービスを妹に伝えて、後は適当に売ってもらうことにしました。→ 着ない着物があるなら
同じように箪笥に眠っている着物って多いんだろうなって、思いを巡らせてしまいましたが、やっぱり、おふくろが「もう着物は着なくていいや」って思ったことだけが、正直淋しい気分になった次第です。

整理するグランドピアノ

年をとってきたなと感じることの多くなったおふくろですが、もちろんしっかりしている面もたくさんあって、料理は必ず自分で作るとか、買い物は必ず自分で自転車で行くとかあるんですけど、物の整理を一所懸命やってるっていうのもそうですね。

ボケなくていいかも、って思うので、本人が熱心にやれることなら何でも賛成という気持ちで見ているんですが、大切な物まで勢いで処分しちゃうんじゃないかって、ヒヤヒヤする時もあります。
最近の手紙にもあったんですが、実家にはピアノがあったんです。グランドピアノなんですよ。なんかすごいでしょ。そのピアノを処分すると。

まあ、子供が皆んな実家を離れてしまっているし、グランドピアノって結構大きくて邪魔だし、処分するのって私は構わないんだけど、妹なんかはどう思うのかなって思いました。せっかくなので、ネットでいろいろと調べて、参考になりそうなサイトを教えて、あとは任せることにしました。参考にしたサイト → グランドピアノを売りたい

妹の方が実家に近いし、私はどっちでもいいので、売るかどうかも含めて妹に一任しておこうと思っています。買取業者が見つかるなら、後の手続きも頼めばいいかなと。もはや金額がどうこうじゃなくて、家の中をどういうふうに整理していくかが問題ですから、おふくろが納得できて、気持ち良く過ごせればそれで十分です。

たぶん、無事に売ってしまえたら、手紙でも報告してくれるでしょうしね。
最後にどんな気持ちで売ったのかも、手紙のトーンで感じることができます。前回も書きましたけど、それが手紙のいいとこです。

今の時代に手紙なんて

大阪へ出て来て、ずい分月日が経った気がします。
おふくろとも年に1~2回しか会わなくなりました。つまり、そのくらいしか実家へ帰らなくなったということなんですね。

逆に、おふくろもどんどん歳をとってきて、もっと頻繁に顔を見に行ってやらないとと思うのも正直な気持ちです。里を離れて生活している人だと、同じような気持ちの人も多いんじゃないかなって思っています。

そんなおふくろですが、時々、場合によっては結構な頻度で手紙をくれるんです。そのこと自体が嬉しいし、親への想いも募るし、感謝しっぱなしなんですが、なんで手紙って思いませんか?

おふくろは字を書くのが好きなんです。手紙を出すのは私にだけじゃないんですよ。今の時代なら、少なくともメール、スマホとか持ってたらLINEとかが普通じゃないですか。淋しかったら電話すればいいわけだし。

こんな、年賀状も出さなくなっている時代に手紙ですから、かえっていろんなことを感じ取ります。「肉筆」の凄さですね!

そんなおふくろからの手紙を通じて、しょうもないことをアレコレ考えたり、想像してみたりするのが楽しいんですが、そのお裾分けを書いていきます。

ブログの材料が手紙だなんてね(^o^)